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東京地方裁判所 平成9年(ワ)10703号 判決

甲事件=原告

東京海上火災保険株式会社

被告

新田政俊

乙事件=原告

新田政俊

被告

井口丈士

主文

一  被告新田は、原告東京海上に対し、金一二万円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告井口は、被告新田に対し、金五三万七一七九円及びこれに対する平成八年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告東京海上及び被告新田のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告東京海上及び被告井口に生じた費用の五分の一並びに被告新田に生じた費用の二分の一を被告新田の負担とし、その余を原告東京海上及び被告井口の負担とする。

五  この判決は、原告東京海上及び被告新田の各勝訴部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告東京海上の請求

被告新田は、原告東京海上に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告新田の請求

被告井口は、被告新田に対し、金一一六万二五一六円及びこれに対する平成八年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、首都高速道路上の追越車線を走行していた自家用自動車が、中央分離帯に衝突した上で、同一方向に走行車線を走行していた個人タクシーに衝突した交通事故について、自家用自動車の運転者と車両保険契約に基づく車両保険金を支払った保険会社が、個人タクシーの運転者に対して求償金の支払を求め、個人タクシーの運転者が、自家用自動車の運転者に対して車両損害等の損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 平成八年一〇月一八日午前零時一〇分ころ

(二) 事故現場 東京都世田谷区深沢八―一九 首都高速三号線下り道路上

(三)事故車両 被告井口が運転していた普通乗用自動車(品川七七た第八〇二九号、以下「井口車両」という。)と、被告新田が運転していた普通乗用自動車(品川三三あ第七八五三号、以下「新田車両」という。)

(四) 事故態様 新田車両は走行車線上を、井口車両は追越車線上をそれぞれ走行し、井口車両が右側ガードレールに衝突し、その反動で新田車両と衝突した(井口車両がガードレールに衝突した原因については争いがある。)。

2  保険金の支払

原告東京海上は、被告井口との間で、井口車両について車両保険契約を締結しており、平成八年一二月五日、この保険契約に基づき、被告井口に対し、車両保険金一三一万二五〇〇円を支払った。

二  争点

1  責任原因

(一) 原告東京海上及び被告井口の主張

本件事故の原因は、被告新田が、新田車両を、ウィンカーを点灯させることなく追越車線に車線変更し、通行区分線を超えて井口車両の直前に進出させたことにある。

したがって、被告新田には、車線を変更するにあたって右後方の安全確認を怠った過失があり、民法七〇九条に基づき、被告井口が被った損害を賠償する義務がある。

(二) 被告新田の主張

本件事故の原因は、新田車両を追い抜こうとした井口車両が、自ら中央分離帯のガードレールに衝突したことにある。したがって、被告井口には、安全な運転操作をする注意義務に違反した過失があり、民法七〇九条に基づき、被告新田が被った損害を賠償する義務がある。そして、被告新田は、井口車両が新田車両に衝突することを回避することはできなかったから、過失はない。

2  井口車両の車両損害(請求額一二〇万円)

3  被告新田の損害

(一) 車両損害

(1) 被告新田の主張

個人タクシーは、同業者間で売買市場が存在するから、いわゆるレッドブックに基づいて時価額を算定するのが相当である。これによれば、新田車両の本件事故当時の時価は、修理費である八三万二七五五円を超える。したがって、この修理費が車両損害となる。

(2) 原告東京海上及び被告井口の主張

個人タクシーには中古車市場が存在しないから、レッドブックに記載された当該年度の価格を用いて時価とすることはできない。したがって、定率法による減価償却残存率により時価を算定するのが相当である。そして、一般に、タクシーなどの事業用車両は、自家用車両に比して、格段に運行頻度が高く、かつ、走行距離が長いから、消耗が激しく、通常、走行距離が二〇万キロメートル程度に達した車両は買換えの対象とされている。また、個人タクシーの法定耐用年数は四年とされており、新田車両は、本件事故当時、走行距離は三〇万キロメートルを超え、法定耐用年数の四年をすでに経過していた。新田車両の新車としての調達価格は三二七万八〇〇〇円であるから、時価額は、これに最終残価率である〇・一を乗じた三二万七八〇〇円である。

したがって、新田車両は、本件事故により経済的全損になったといえるから、車両損害は、三二万七八〇〇円である。

(二) 休車損害(請求額一八万〇六六〇円)

(三) レッカー代(請求額三万二八五〇円)

(四) 弁護士費用(請求額一一万六二五一円)

第三争点に対する判断

一  責任原因(争点1)

1  事故態様について

(一) 争いのない事実及び証拠(甲二、七、乙八、一四、被告井口本人、被告新田本人)によれば、次の事実が認められる。

事故現場は、片側二車線であり、道路左側に側壁、右側に中央分離帯としてのガードレールが存在する。

被告新田は、新田車両で個人タクシーを営んでおり、本件事故当日は、新宿で二名の客を乗車させた。乗客は、池尻から首都高速三号線下り道路に入り、用賀出口で降りて上野毛で一人降車し、その後横浜まで走行するように指示したので、被告新田は、池尻から首都高速に入り、時速八〇キロメートルほどで走行車線を走行した。道路は混雑しておらず比較的流れはよく、新田車両は、用賀出口に近い事故現場付近にさしかかった。その際、その前後を走行する車とはかなりの距離があり、新田車両は、ぽつんと一台走行している状態であった。

他方、被告井口は、世田谷区瀬田の自宅へ向かうため、千住大橋の入口から首都高速三号線下り道路に入り、追越車線を時速九〇キロメートルほどで走行し、事故現場にさしかかった。被告井口は、約二〇メートルほどまで接近して、前方の走行車線を走行する新田車両に気付いたが、その際、新田車両は、追越車線側に寄って走行しており、右側車輪が走行車線と迫越車線の通行区分線上にかかっていた。そこで、被告井口は、新田車両が走行車線に進入するものと考え、咄嗟に右にハンドルを回してそれを避けようとした。ところが、井口車両の右前部がガードレールに衝突し、その反動で、左前部が新田車両の右前部に衝突した。

(二) これに対し、被告新田本人は、事故当時、まっすぐ走行していたつもりであるとして、通行区分線上に右車輪がかかった状態で走行していたことを否定するかのような供述をする。しかし、この供述は、被告新田の事故当時の運転意識を供述するにとどまるもので、客観的な走行状態を供述するものではない。また、被告新田は、衝突して初めて井口車両に気づいたもので(被告新田本人)、本人尋問においても、先行車や後続車の様子について、あいまいな供述や記憶がない旨の供述をするなど、事故当時の前後左右の注意状況に若干の疑問があること、被告井口が、事故直後、新田車両が右側に寄ってきたとの発言をしていたこと(乙八)を併せて考えると、先の供述は、新田車両が、客観的にも右側に寄らずに走行していたことを推測させるほどのものとはいえず、右車輸が通行区分線上にかかる程度に追越車線に寄って走行したとの認定の妨げにならない。

(三) 他方、被告井口本人は、右側車輪を通行区分線にかからせて走行していた後の新田車両の動向と、被告井口の対応について、次のとおり供述する。

新田車両は、井口車両よりも時速三〇キロメートル近く遅い速度で走行していた。井口車両の前方二〇メートル付近で車両右側面が通行区分線上にあった新田車両は、そこからさらに追越車線内に三〇センチメートルから四〇センチメートル進入してきた。そこで、被告井口は、右足をアクセルペダルからブレーキペダルに置き換え、新田車両との距離が一〇メートルから一五メートルほどになった際にハンドルを右によけながらブレーキを踏んだが、新田車両は最終的には一メートルほど追越車線に進入し、井口車両はそれに挟まれるようになってガードレールに衝突したと供述し、井口丈士作成の陳述書(甲七)の記載内容もおおむねこれに沿うものである。

しかし、被告井口本人は、追越車線の流れに乗って走行し、走行車線も、追越車線より時速五キロメートルから一〇キロメートルほど遅い速度で流れていたとも供述しており、新田車両のすぐ前方の車両との車間距離が短くなっていたなどの事情もなかったことからすると、新田車両があえて流れよりも相当程度に遅い速度で走行する理由は考えにくく、時速八〇キロメートルで走行していたとする被告新田の供述内容とも矛盾する。したがって、新田車両の速度が、井口車両の速度よりも時速三〇キロメートル近くも遅かったことについては疑問を払拭できない。そうすると、アクセルペダルから足を離してエンジンブレーキをかけ、さらにフットブレーキをかけながらも、井口車両が新田車両に追いつくかについても疑問が生じるといわざるを得ず、その前提である新田車両の数十センチメートルから一メートルもの追越車線進入にも疑問を抱かざるを得ない。加えて、新田車両は、進行方向左側にある用賀出口で降りる予定であり、事故当時、用賀出口に近づいてきていたこと(乙八、一〇、被告新田本人)からすると、前方に追い越すべき車両の存在しなかった新田車両が、事故現場付近でわざわざ追越車線に車線変更することは考えにくい。もっとも、居眠り運転などで右側に寄っていってしまった可能性も考えられないではないが、少なくとも、新田車両の乗客はそのような異変を感じていない(乙八)。

このように、右側車輪を通行区分線にかからせて走行していた後の新田車両の動向と、被告井口の対応に関する被告井口本人の供述は、その内容自体、また、新田車両の予定経路に照らしても疑問を捨てきれず、直ちには採用できない。

3  (一)で認定した事故態様によれば、被告井口には、時速九〇キロメートルの速度で走行した上、前方注視が不十分であったため、新田車両が追越車線に寄ってきていることに気が付くのが遅れ、新田車両の右端が通行区分線上付近にあった時点で初めてそれに気付いたために、ハンドル操作やブレーキ操作を誤ってガードレールに衝突し、ひいては、新田車両に衝突した過失がある。他方、被告新田にも、直後から、井口車両が追越車線を走行してくるのにそれに気づかず、新田車両を追越車線に接するように走行させ、被告井口に対し、追越車線に進入するかのように思わせた若干の過失があり、これらの過失が競合して本件事故が発生したものというべきである。

この過失の内容、事故態様などの事情を総合すると、本件事故に寄与した過失割合は、被告井口が九割、被告新田が一割とするのが相当である。

二  被告井口の損害(争点2)

1  証拠(甲四~六、一二、一三)によれば、井口車両は、平成五年一二月に新規登録がなされたトヨタスプリンターカリブであること、本件事故により、修理費として合計一三〇万四六一八円(消費税込み)を要する損傷を受けたこと、井口車両の時価は、事故当時、少なくとも、一二〇万円を下らなかったことが認められる。

この事実によれば、井口車両は、本件事故により、いわゆる経済的全損になったということができ、その車両損害額は一二〇万円となる。

これに対し、被告新田は、井口車両は、新田車両に衝突する直前には、中央分離帯に衝突したことにより、既に修理費として七七万四五一〇円を要する損害を要する状態にあったのであるから、本件事故当時の時価は、それを引いた残額であると主張する。しかし、井口車両の中央分離帯への衝突と新田車両への衝突は、一連の事故であり、被告新田の過失と井口車両の中央分離帯への衝突との間には相当因果関係があるというべきであるから、被告新田の主張は採用できない。

2  原告東京海上は、被告井口に対し、車両保険金として、一三一万二五〇〇円を支払ったのであるから、被告井口が被告新田に対して有する損害賠償請求権をすべて代位取得した。そして、右の損害額一二〇万円から、被告井口の過失割合である九割を減ずると、原告東京海上が、被告新田に対して有する求償金債権は、一二万円となる。

三  被告新田の損害(争点3)

1  車両損害

(一) 証拠(甲八~一〇、乙五、一〇、一一、一二の1・2、被告新田本人)及び弁論の全趣旨によれば、新田車両は、平成四年六月に新規登録がなされたマツダセンティア(LPG車、定格出力二・四九KW)であり、個人タクシーとして使用されていたこと、本件事故により、修理費として八三万二七五五円を要する損傷が生じたこと、被告新田は、修理をせずに車両を買換えたこと、本件事故当時、走行距離は三〇万七四一〇キロメートルに達していたこと、新田車両の平成四年六月当時の新車価格は、少なくとも三二七万八〇〇〇円を上回らない額であること、新田車両と同年式のマツダセンティア(ガソリン車)の本件事故当時の時価は、いわゆるレッドブックでは一三七万円とされていること、運送事業用の大型乗用自動車で、総排気量が三リットル未満のものの法定耐用年数は四年とされていることが認められる。

なお、被告新田は、個人タクシー業界において、中古車売買市場が存在すると主張し、これに沿う証拠(東京都個人タクシー交通共済協同組合渉外係に勤務する者の陳述書、乙一四)がある。しかし、それによっても、市場の規模や価格の水準など具体的内容はまったく明らかでなく、裏付けとなる他の証拠もないから、この陳述書の記載内容は直ちには採用できず、他に、個人タクシー業界に中古車市場があると認めるに足りる証拠はない。

(二) この認定事実によれば、新田車両は、LPガスを使用し、タクシー仕様とされている特殊車両であるから、通常の車両の中古車市場により、事故当時の時価を算定することは相当でなく、個人タクシー業界に、中古車市場が形成されているともいえない。また、新田車両は、四年四か月で三〇万キロメートル以上走行し、年間走行距離は、通常の自家用自動車をはるかに上回る。したがって、レッドブックに記載された価格を時価にすることは相当でないし(右の東京都個人タクシー交通共済協同組合渉外係に勤務する者の陳述書においてすら、レッドブックを参考にして車両の程度によって加減しているとされている。)、それを参考に、一定の減額をして時価とする方法も、減額基準が明らかでない。

このように、レッドブックを基準にして新田車両の時価を算出することは困難であること、他に、適切な算出基準も存在しないこと、本件全証拠によっても、個人タクシーの通常使用期間を認めるに足りないことなどの事情を考慮すると、このような場合は、法定耐用年数を基準にして、定率法により減価償却をして時価を算定するのが相当である。そうすると、新田車両は、走行距離が三〇万キロメートルを超えており、すでに法定耐用年数の四年を経過しているから、購入価格に最終残価率である一〇パーセントを乗じた三二万七八〇〇円を本件事故当時の時価とするのが相当である。

もっとも、被告新田は、減価償却法による計算方法は、課税や会計処理上の抽象的な計算方法にすぎないもので、時価を算定するものではないと主張する。たしかに、減価償却法は、課税や会計処理上の計算方法で、必ずしも現実の時価を正確に表すものでないことは否定できないが、他に、正確に時価を算出する方法は認められないのであるから、やむを得ないというべきである。

(三) これによれば、新田車両は、本件事故により、いわゆる経済的全損になったといえるから、車両損害は三二万七八〇〇円とするのが相当である。

2  休車損害

証拠(乙一~三、被告新田本人)によれば、被告新田は、本件事故の前年である平成七年には、新田車両により、一日あたり一万五〇五五円の収入を得ていたこと、被告新田は、本件事故により、新車を購入し、その納車までに要した一二日間は休業したことが認められる。

この認定事実によれば、被告新田の休車損害は、一万五〇五五円の一二日分で一八万〇六六〇円となる。

3  レッカー代

被告新田は、本件事故後の新田車両の移動のため、レッカー代として三万二八五〇円を負担した(乙四、五)。

4  過失相殺・弁護士費用

1ないし5の損害総頷五四万一三一〇円に、被告新田の過失割合一割を減ずると、被告新田の損害残額は、四八万七一七九円となる。

そして、本件認容額、訴訟の経過等の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は五万円とするのが相当であるから、被告新田の損害残額は合計五三万七一七九円となる。

第四結論

以上によれば、原告東京海上の請求は、一二万円及びこれに対する平成八年一二月六日(不法行為の日以降の日で、車両保険金を支払った日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告新田の請求は、五三万七一七九円及びこれに対する平成八年一〇月一八日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

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